点滴1本で死を待つ



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二人で寄り添って生きて来た、老兄妹の決断

「点滴も辞めてください」という希望は、通すべきなのか?

80代の男性が、脳梗塞で入院していました。
この男性は生涯独身で、同じように独身の妹と一緒に暮らしていました。
男性は昔俳優だったということで、整った顏立ちをしていました。
50年以上前のその時の活躍を、リアルタイムで知っている人は当然いなかったのですが・・・妹さんは私達スタッフに、何度も何度も言いました。
本当に、自慢のお兄さんだったのがよくわかりました。

そして、二人とも結婚せずにお互い支え合い、80歳を過ぎても二人で生活していました。
二人とも子供がいませんから、介護をしてくれる人もいませんし、親戚づきあいというもの自分達のいとこ。
それすら、亡くなってしまっていてその子供達の代になっていて、疎遠でした。
この兄妹は、世間から取り残されたようにひっそりと暮らしていたのです。

そんなある日、お兄さんが脳梗塞で倒れ、救急搬送されました。
片麻痺どころか、全く動けません。
目は開いていますが、話をすることもできません。

入院して数日経ち、この妹さんと主治医、それから院内の相談室のスタッフで話し合いの場を持ちました。
急性期の病棟ですから、今後のことを考えなくてはなりません。

最終的にはどこへ帰るのか?
食事が摂れる見込みはなく、胃瘻を増設するか?
妹さんだけで介護は無理でしょうから、恐らくはギリギリまで病院にいることを希望し、結局は施設入所となるのではないか・・・。
私達医療従事者側は、そんなつもりでいました。

ところが話を始めた途端、妹さんが予想だにしなかったことを言ったのです。
「先生、点滴も全て辞めてください」と。
皆、言葉がでませんでした。

倫理という言葉に初めて触れた実例

この妹さんも、苦しんだ挙句に言った言葉でした。
まず妹さんは、俳優であったお兄さんが病院の服を着て、オムツを付けて寝ている状態は見たくないし、本人もきっと嫌なはずだと。

そして、自分はとても介護なんてできない。
かといって施設にいれるお金もないし、施設に入れたら自分はもう会いに行くこともできない。
だから、点滴を外してもう死なせてあげて欲しいと。

まだ2年目だった私は、助けることに日々一生懸命だったため、この答えにショックを受けてしまいました。
担当ナースだったので私も話し合いに同席していたのですが、一言も発することができませんでした。

点滴を外せば、本人は経口摂取のできる状態ではないのですから、数日で脱水症を起こしてなくなるでしょう。
妹さんは、そうしてくれというのです。

病院は、命を助ける場所です。
不幸にも助からずに亡くなってしまう人もいるけれど、逆に亡くなるようにしてくれというのです。

その時医師は、「倫理上そのようなことはできません。」と言いました。
私は初めてそこで、現場で倫理という言葉を聞きました。
そう、倫理。
死生観・人生観にもつながります。

これは、どちらが正しくて、どちらが間違っているということはありません。
考え方の違いですから。
しかし、急性期患者を受ける総合病院において、点滴もせずに医療行為なしで病院に入れておくということもできません。

結果として、双方の折衷案という形でメインを1日1本だけ流すことにしました。
24時間で500ml、ソリタ3Aを1本だけ。
これだけです。

私達看護師は、亡くなることを望まれている人の看護をするためにいるのでしょうか?
亡くなるのを、最低限の点滴1本と体位交換・オムツ交換をしながら待つしかないのでしょうか?

患者さんは、5日ほどいたでしょうか。
そして段々尿量も減り、脱水によるものと思われる頻脈を起こして、亡くなりました。

尊厳死という言葉があります。
患者さんの中には、尊厳死協会に入っていて、証明書を持って来院される方もいます。
でも、どこからが尊厳死と言うのでしょうか?
必要な医療を全くしないで、この姿はみっともないから死なせてくれという家族の希望通りにすることは、尊厳死なのでしょうか?

身寄りのない老兄妹の出した答えとしては、仕方のないものだったのかもしれません。
折衷案として点滴1本をした病院側ですが、結果としては亡くなるのを待っていたのは私達も同じ。
こうして私は、助けるばかりが医療ではないという現実を経験したのでした。