患者さんの内側に触れる勇気



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55歳で肺癌、子供は小学生・・・心の内側は?

肺癌のターミナルで入院・・・1人遺す子供が心配

55歳の男性が、長引く咳嗽と呼吸困難を主訴に呼吸器病棟に入院してきました。
診断は肺癌。
既にオペのできる状態ではなく、そして抗癌剤治療でもなく、ペインコントロールが主でした。

最初は1枚ずつ貼って調整していたデュロテップパッチも、段々mgと枚数が増え、最終手期には12.6mgを6枚、背中に貼るようになりました。
もちろん便秘もあれば、吐き気もします。
痛みもあります。

背中全面にデュロテップパッチが貼ってある状態です。
それぞれのテープの上には、ずれたりしないようにオプサイトを貼っていました。
腫瘍熱もあり、張り替えの時には、オプサイトには汗が溜まっているくらい。

この男性、茶髪の髪をのばしていて、一つに結んでいました。
一見お近づきにはなりたくない・・・そんな外見でした。

ですから私達看護師はどういうふうに声をかけたらよいものか、恐る恐るという感じでした。
実際、とっつきにくいのもありましたし。

この男性、私達に見せる姿とは全く別の面がありました。
それは愛娘といる時です。
娘さんはまだ、小学校5年生でした。
そして、奥さんはいません。
父と娘、二人暮らしだったそうです。

謎の多いこの男性、入院してから子供は親戚の家に預けていたようです。
ただ、それが本当のことかはわかりません。
私達看護師に、どこまで本当のことを話しているのかわからないのです。

市の職員が何度かベッドサイドに来ていたことがありましたが、プライマリ―ナースでもない私は、毎日当たりさわりのないことしか聞いていませんでした。
脳外科から来た私にとって、痛みを訴えることのできる癌は、あまり経験がなかったということもあり、どう関わっていいかわからなかったのです。
脳腫瘍は、自分で痛みを訴えることもないし、ターミナル期には会話のできる状態ではないからです。

閉ざされた“内側”に触れるには、覚悟が必要

私がこの患者さんのことを今でも覚えているのは、ある意味後悔があるからですね。
自分一人でどうにもできる状態にないことは解っています。
しかし、55歳にして父親のいなくなったあと、娘の生活はどうなるのか?
いざという時には、誰が身元を引き受けに来てくれるのか?
こういった患者さんの問題に、全く私はタッチしていなかったのです。

今ならもう少し、違う介入ができるとは思います。
ただそのときの私は、受け持ちになった日にだけ決まりきったこと(痛み具合や食事摂取・排便状況)を聞いてまわるだけの関わりしかしていなかったのです。

患者さんの心の問題は、興味本位で首を突っ込んでいいものではありません。
この患者さんは、診断された時が既にターミナル期。
子供もまだ小学生。
心残りも何も、心配なことだらけだったはず。
自分のことではなくて、子供の生活が。

娘さんも少し影のある子で、私達看護師と話をすることもありませんでした。
娘さんの面会時には、2人で病棟から出て行ってしまうのが常でした。

肺癌の最期は、苦しくて痛くて、生き地獄となります。
最終的に、セデーションをかけて眠りながら逝くことも多いです。
この男性も、最後にはセデーションをかけて、その日のうちに亡くなりました。
私は、いよいよという日に出勤していませんでした。

亡くなった翌日出勤して、患者さんの姿がないことを知りました。
ぽっかり空いた重症個室に、何故か私の心もぽっかりしてしまったようでした。
何もできず、同じことだけしか聞かず、心の内側に入り込むことをしなかった・・・。

患者さんの心の内側に触れたいと思うなら、それなりの覚悟が必要です。
もちろん、時間をとることがまず第一です。
せっかく話そうとしてくれても、すぐにいなくなっては、もう話そうとは思いませんから。

それに、ヘビーな話にどういう相槌を打って聞けばいいのか?
話を聞いた後で、どのような声かけをすればいいのか?
聞いたところで、自分に何ができるのか?

病気のこと、不安に思っていること、心配なこと、死生観・・・これらは、聞きだすこちらにも覚悟と器が必要です。
現在外来勤務の私は、外来通院できる間しか癌の患者さんとの関わりがありません。
それでも、このときのように何もできない看護師ではいけないと、少しずつ患者さんの内側に触れるように、患者さんの力になれることはないか、日々模索しています。