痛みに弱い人の「苦しい」を、どうとらえる?



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100回の「苦しい」の中にも、1回の「本物」がある

痛みや苦しみの感じ方は、人それぞれ

痛いとか苦しいっていう感覚は、人それぞれ感じ方が違いますよね。いくらペインスケールを使ったとしても、あくまでも自分の中の1~10です。
「どうしても耐えられないっていうくらいを10とすると・・・」なんて質問をするかと思いますが、そもそも耐えられないくらいというレベルだって人それぞれ。男性の方が、痛みには弱い傾向がありますね。

では痛みに強い、もしくは感じないのはよいことでしょうか?いいえ、困ります。
糖尿病では、神経障害のために痛覚が鈍くなっています。ですから足先の血流が途絶えたり、壊死していても痛くもなんともない。目でみて「おかしい」と気づくので、進行していることが多いのです。

人間にとって痛みや苦しみは、危険回避のための感覚です。ですから、その感覚を重要視しなければなりません。
一方で、昨今メンタルの弱い人が多いのも事実。ちょっとした不安がパニック発作となり、「苦しい」という表現になってしまいます。心電図をとってもなんにも異常波形は出ませんが、とらないことには、今の時点で「循環器的な問題がない」とは言い切れません。

看護の現場では、この少しメンタル的に弱い人の発する痛いとか苦しいという発言に、振り回されることがよくあります。
病棟勤務では、夜勤は1人で受け持つ患者が多く、ゆっくりとその訴えに付き合ってあげることができません。
私自身、3年目の時の苦い経験をしました。皆さんが同じような失敗を起こさないためにも、恥ずかしながらお話ししたいと思います。

すぐに苦しいっていうあの人の、今日の「苦しい」は本物か?

呼吸器内科に勤務していた時のことです。
その日は準夜勤務で、申し送りの後から夕食までの間に受け持ち1人ずつをとりあえず周って、夕食分の配薬とセッティング、夕の分の抗生剤点滴を終わらせようと、私は必死でした。

呼吸器内科には重症肺炎や間質性肺炎を起こしている患者さんが多く、実は肺がんの患者はほんの数人だったりします。
その日も、自分の受け持ちだけで5~6人の点滴にまわっていました。抗生剤だけの患者へのヘパロックはあまり推奨されていなかったため、ろくに出ない血管を探して抜き先で点滴をすることの繰り返し。

抗生剤の点滴は30分から60分、そうなると、夕食までに終わらせるためには18時前に刺し終えなければならない。夕食後に点滴となると、今度はその後の業務がつかえる・・・。
必死でコールに対応しつつ点滴を刺してバイタルを測り、無駄な動線を描かないようにと計算しながらラウンドしていました。
それなのに、その日はAさんのコールが頻回。

もともとちょっとしたことで痛みを訴える傾向にあり、いつ様子を聞いても調子のいいときなどない人です。
Aさんは気胸のためトロッカーを挿入し、低圧持続吸引をしていました。
10分もあけずにコールで苦しいと言うAさん。一応トロッカーを観てみますが、異常はありません。

早くやることを済ませておきたい私は、イライラしていました。はっきり何と言ったかは覚えていませんが、私の中では「うるさいなぁ」という感覚だったことは確かです。
ところが、何度目かの「苦しい」コールは様子が違ったのです。
冷や汗をかいて、目を見開いています。明らかに顔つきが変わっているのです。
さすがにこれはおかしいと思い、すぐに医師に報告しました。

遅い時間ではなかったので、ナースステーションで残り仕事をしていた医師がベッド再度まで来て診察してくれました。
本人の訴えを聞いた後聴診して、ガッチリと固定してとめてあるトロッカーのテープを剥がし始めました。
すると・・・ガーゼで隠れた、刺入部にごく近い部分で、ドレーンチューブが二重にねじれていたのです。

医師がチューブのねじれを直したとたん、大きな脱気が続けて何発か出て、Aさんの表情はみるみるうちに和らぎました。
酸素飽和度も、正常に戻りました。
医師はこんな初歩的なことで・・・と思ったでしょうし、私に向けて何か二言三言は言ったかもしれません。

しかし、そんなことよりも患者さんの「苦しい」を親身になって聞かず、しっかりテープを剥がして確認することまでしなかった自分の怠け心と不誠実さに、本当にやりきれない気持ちになりました。
自己嫌悪で、Aさんの顔を見るのも辛かったですね。

どんなに痛みに弱い患者であっても、その人にとっていつもより「痛い」「苦しい」というには、何らかの理由があるのです。
ドレーンのチェックをしたといっても、形だけ。10㎝×10㎝のガーゼの下は確認していません。そんな狭い範囲でだって、ドレーンがねじれることはあるのです。

その患者さんの名前は忘れてしまいましたが、あのときの冷や汗を流して目を見開いている表情は、10年以上経った今でも覚えています。

失敗は誰しもあるものです。しかし、全ての失敗を経験してからでないと実践に活かせないのでは、プロとして失格です。
最悪の事態になる前に予測して、しっかり観察して、アセスメントして、患者の訴えに耳を傾ける。
その基本姿勢を再確認した一件でした。
3年目も終わりを迎えて、少し初心を忘れていたのかもしれません。業務をスムーズにこなすことばかり考えていたのでしょう。

メンタル面の弱い患者さんや不定愁訴の多い患者さんだったとしても、100回の不定愁訴の中に、本物の胸痛が1回でも隠されている可能性があるのです。私達はしっかりと訴えを聴くべきなのです。