うつ病患者が調子よくなったら・・・



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うつ病患者の「調子がいい」は、死の前兆

うつ病患者が活動的になったら・・・危険のサイン

うつ病の患者さんは、何をする気にもなれなくなり、基本的には無為無欲です。
最低限の食事とトイレだけはこなすという人もいれば、食事すら摂らなくなる人もいます。基本的に日中はベッドにいることが多いですね。

午後になってようやく起きたりすることもありますが、基本はやはり動きません。特に中年男性のうつは症状が重くなることが多いですね。
私が勤務していた呼吸器と心療内科の混合病棟にも、うつの男性患者がたくさんいました。
男性のうつ病の患者さんは、口数も多くないしひたすら寝ているだけ。あまり同室者に迷惑をかけることもないため、肺がん治療の呼吸器患者さんと相部屋になることもありました。

Sさんもそんな患者さんの1人で、うつ病でアナフラニールの点滴を毎日行っていました。入院当初は本当に食事とトイレしか動かず、寝たっきり。本を読むでもありません。シャワーもかなり強く促してようやく入るという具合。
そんなSさんが、だんだん調子が上向いてきたのか、日勤帯でも廊下やデイルームで姿を見かけるようになりました。

心療内科病棟は8階にあり、デイルームからは天気がいいととても景色が良かったですね。
Sさんはコーヒー片手に窓から外を見ていたり、デイルームに設けてある電話ボックスでどこかに電話をかけていたり(当時の心療内科は、携帯が持ち込み禁止でした)することが多くなりました。
看護師はみんなで、だんだん活動的になってきたねと言っていました。そろそろ退院が見えて来たかね、と。

心療内科の診察は、医師と患者さんだけの空間です。私達看護師は診察室に入りません。
診察内容はカルテの医師記録だけが頼りです。また、大部屋であることもあって、あまり込み入ったことを部屋できくこともできません。
ですから、看護師はSさんの調子が上向きだと思っていたのです。
本当は、これが危険だったのですけれど・・・。

活動的になったからこそできた、8階からのダイブ

Sさんはその後数日間は同じような状態が続きましたが、ある日はうつ病と思えないくらいの様子でした。
さすがにこれはその日の担当さんも「気味が悪いくらい、よくしゃべる」と言っていたのを覚えています。
自分から看護師に声をかけてきたり、実は電話で競馬の馬券を買っていたのだけど、それが大当たりしたのだと教えてくれたり。

その日は私も日勤でした。日勤の終わりごろに、ルンルンの顔つきで電話ボックスから出てくるSさんを、今でも覚えています。
そして準夜さんに託して私は帰宅。
翌朝また日勤で出勤した時、Sさんはいませんでした・・・。

8階の病室から、飛び降りたのです。

日勤で出勤したときには、家族が遺体の引き取りに来ていなかったので、まだSさんの身体は地下の霊安室に収められていました。
疲れ切った深夜さんから申し送りを受け、家族が来てから霊安室に行き、葬儀屋さんに託しました。見た目はキレイにしてあったのが救いでしたね。
別居していた奥さんが来たはずですが、何故かどういう対応をしたのかよく覚えていません。淡々としていたように思います。

私の中で記憶に残ったのは、あのハイテンションだった数日。
日勤の終わりに電話ボックスから出て来た姿。
確かに、頭ではわかっていました。うつ病の患者さんは、本当に調子が悪い時には自殺もできない。調子が良くなって来た時が要注意、と。
まさか本当にそんなことがあるなんて・・・。

Sさんのダイブを深夜の看護師に教えてくれたのは、同室者のお坊さんでした。
その患者さんは肺がんで抗がん剤治療のために入院していましたが、やはり職業柄でしょうか、Sさんのことを気にかけていたようです。

「おかしいとわかっていたんですよ。でも、止められなくて申し訳ない・・・。
あの時、なぜ私は起きなかったのでしょう。」

後に他の看護師に、そう漏らしたそうです。
深夜にぱっと目がさめたこのお坊さんは、夜中にも関わらず窓の付近にいた(しかもSさんのベッドは廊下側)ことをおかしいと思いつつ、また眠ってしまったそうです。
その直後、物音がして起きると窓がさっきより開いている。

その物音は、窓を開ける音だったのか、Sさんが落ちた音なのかわかりませんが・・・。
Sさんの姿は2階にある事務方の部屋のベランダで発見され、このお坊さんには直接転落した姿は見えなかったそうです。
それがまだ救いでしょうか。

私は、気持ちが悪いくらいにルンルンで電話している姿から1日も経たずに、病院のエンゼルセット用の寝衣に身を包んで冷蔵庫入っているSさんと対面することになりました。
実際に飛び降りた直後の対応はしていませんが、だからこそ私には最後のSさんの様子が頭に焼き付いているのかもしれません。

そしてSさんは、病院の皆に向けての遺書も用意してありました。実物は見ていませんが、当時心療内科チームにいた私の名前も出て来たそうです。「○○さん、いつも明るく優しくしてくれてありがとう」と。
私1人の力では、Sさんの自殺を止めることはできなかったでしょう。医師も診察をしている中でSさんの変化には気づいていたはずですから。

心療内科の患者さんは、退院したあとで自殺することが多いことも、後に聞きました。調子が良くなってから自宅に帰り、そのまま自殺してしまうこともよくあるのだと。
私の中ではこのSさんのことは、このまま忘れずにいくのでしょう。既に13年経った今でも覚えているのですから。
そして、うつ病患者の「調子が良い」怖さも、身にしみました。

心療内科の患者さんの思いはなかなか理解されないし、私自身理解できないものでしょうけれど。
Sさんは日々、何を思っていたのでしょうか・・・。